アンネ=ゾフィー・ムターとベルリンフィル2017年06月03日

今回の旅の最後の夜となる27日は、いよいよベルリンフィルとムターの共演である。指揮は25日の公演と同じリッカルド・ムーティで、前半がチャイコフスキー、ヴァイオリン協奏曲、後半が25日と同じチャイコフスキー、交響曲第4番。

今回のプログラムは、ムターがベルリンフィルに13歳でデビュー(カラヤンに見出されて)してから40年になるのを記念するもの。だから彼女の歳はわかるのだが、もうずいぶん前から女王の貫禄十分だったので、意外とお若いのだと思ってしまう。彼女の弾くヴァイオリンの音色の艶やかさ、円熟味を加えて妖艶さ、さえ漂う。写真は、聴衆の拍手に応えるムターだが、ライトの光で露出過多になってしまって残念。

後半の交響曲第4番は、25日には大いに感動した作品なのだが、この日はどこか違う。まず、聴衆が前半のムターの演奏の興奮が冷めやらず、落ち着きがない。演奏者にも先日のような高揚感が見えない(ような気がした)。それでも、聴衆の反応は25日と同じくらい激しく、スタンディングオベーションが続いた。私としては25日の演奏があまりに完璧だったため、期待が高過ぎたのかもしれない。やはり、理屈抜きに素晴らしい演奏に触れる体験というのは、一期一会なのだと実感した。


日時:2017年5月27日
場所:Berliner Philharmonie
出演:
Berliner Philharmoniker
Riccardo Muti (conductor)
Anne-Sophie Mutter (violin)
プログラム:
Piotr Ilyich Tchaikovsky
 Violin Concerto in D major op. 35
Piotr Ilyich Tchaikovsky
 Symphonie Nr. 4 in F minor op.

「美しい星」 三島由紀夫 著2017年06月03日



先日読んだ、「小説家の休暇」以来、三島の作品を続けて読んでいる。「美しい星」は、UFOが登場するSF風作品。こんなにバラエティ豊かな作家だとは、今まで全く知らなかった。

物語は、埼玉の片田舎に暮らす平凡な家族、大杉家が、UFOとの遭遇体験を介して自分達は他の惑星から来た宇宙人であるとの意識に目覚め、家長、重一郎を中心に、地球の平和のために行動を起こすという、こう書いてしまうとあまりに奇想天外な展開で始まる。 大杉重一郎は、原水爆による人類絶滅の危機を回避しようと、各地で講演を開催し、UFOの会の会報を配布する。そのころ、、同じようにUFOとの遭遇体験を通して、別の惑星から来たと自覚する3人の男がいた。彼らは、人類の欺瞞性を論じ、その絶滅は不可避であると主張している。

物語の見せ場は、重一郎とこの3人組が、顔を合わせ、議論を戦わせる場面である。人類は救うべきだ、人類は滅ぼすべきだ、という立場の違う論客が、人類の愚かさ、浅はかさを述べ、それを認めた上でも否定できない、人類の美点を論じる。迫力から論争が繰り広げられる。

重一郎は、人類が滅んだら、その美点を纏めて以下のような墓碑銘を書きたいと述べる:

『 地球なる一惑星に住める
   人間なる一種族ここに眠る。
  彼らは嘘をつきっぱなしについた。
  彼らは吉凶につけて花を飾った。
  彼らはよく小鳥を飼った。
  彼らは約束の時間にしばしば遅れた。
  そして彼らはよく笑った。
  ねがわくばとこしなえなる眠りの安らかならんことを  』

これを、わかりやすく翻訳すると以下のようになるという。

『(略)
  彼らはなかなか芸術家であった。
  彼らは喜悦と悲嘆に同じ象徴を用いた。
  彼らは他の自由を剥奪して、それによって辛うじて自分の自由を相対的に確認した。
  彼らは時間を征服しえず、その代わりにせめて時間に不忠実であろうと試みた。
  そして時には、彼らは虚無をしばらく自分の息で吹き飛ばす術を知っていた。
(略)』

この物語の上手さは、重一郎や男性3人組に、人類の存続、滅亡という大命題を論じさせながら、一方で、家族や友人との関係に深く喜怒哀楽を支配される小市民としての有様を具に描くことで人間の本質を考えさせるように仕組まれていることであろう。

全くの偶然なのだが、この本を買ったら、帯にこの5月に映画公開とある。観にいってみよう。

ウィーンチェロアンサンブル 5+1 @三田2017年06月04日

今日は、ウィーンチェロアンサンブルの公演を、演奏仲間と一緒に聴いて来た。

このアンサンブル、一台のチェロを使い、4人でボレロを演奏する動画で有名なグループ。とてもサービス精神旺盛なパフォーマンスで、楽しめた。ここにリンクした動画で、プログラムやストーリーは少し違うが、だいたい雰囲気はわかると思う。

観客に楽しんでもらうために努力を惜しまない姿勢は、次元は違うけど、私たちも見習わなければ。(老人ホームなどへの慰問ボランティア、検討中なので)



会場:三田市総合文化センター 郷の音ホール 大ホール
日時:2017年6月4日(日)
出演:ウィーン・チェロアンサンブル 5+1
  • ミラン・カラノヴィッチ
  • ゲルハルト・カウフマン
  • ベルンハルト直樹ヘーデンボルク
  • セバスティアン・ブルー
  • ジョアンナ・サハリン
  • フローリアン・エックナー
プログラム:
  • スメタナ、売られた花嫁より
  • ラロ、チェロ協奏曲
  • ラフマニノフ、ヴォカリーズ
  • チャイコフスキー、ロココの主題による変奏曲
  • パッヘルベル、カノン
  • リスト、愛の夢
  • シュトラウス、チャールダーシュ
  • ガルデル、タンゴ
  • アンダーソン、タイプライター
  • モーツァルト、お手をどうぞ
  • ガーシュウィン、サマータイム
  • 成田為三、浜辺の歌
  • ラヴェル、ボレロ

日本センチュリー交響楽団 第217回 定期演奏会2017年06月17日

指揮のシトコヴェツキー氏がどんな人かWikipediaで調べてみると、ユダヤ系ロシア人で、22歳でモスクワ音楽院に在学中に、精神病患者を装って、アメリカへの亡命に成功し、ジュリアード音楽院に入学したとある。精神病を装い、国家権力をだますなどというのは、生半可な決意ではできないことだ。そんな、凄まじい生き方をした人と、音楽の場を共有できる。真剣に聴こうという気持ちになる。

プログラムの前半はアメリカの現代作曲家二人を取り上げる。最初は、ジョン・アダムス「議長は踊る」。現代音楽であるが、旋律もリズムの変化も面白い。2曲目は、ジョン・コリリアーノの「レッド・バイオリン」組曲。こちらは、シトコヴェツキー氏がヴァイオリン・ソロを担当して弾き振りでの演奏である。映画「レッド・バイオリン」の音楽がベースの組曲だけに、様々な情景が目に浮かぶような描写音楽である。シトコヴェツキー氏の抑えた表現が音楽にマッチしていた。

後半は打って変わって、ロマン派の交響曲。センチュリーのしっかりした技術にシトコヴェツキー氏の深い音楽解釈による演奏が心地よかった。

2017年6月16日(金)
会場: ザ・シンフォニーホール
指揮: ドミトリー・シトコヴェツキー
プログラム:
アダムス 管弦楽のためのフォックストロット「議長は踊る」
コリリアーノ 「レッド・バイオリン」組曲
シューマン 交響曲 第2番 ハ長調 作品61

チェロレッスン 69回目2017年06月18日

前回のレッスン予定日の前に、感染性胃腸炎でダウンして休んだため、一月ぶりのレッスンだった。

控室でレッスンを待つ間、小学5年生の女の子のレッスンが聞こえてくる。練習している内容は、一年前の私のレベルだが、音程がほとんど乱れない。伸び伸びした演奏で、上達が早い。聴いていると、どうしても自分と比較してしまう。今更、そんなに高みは目指せないとわかっていても、現実を直視すると辛い。楽しければいいと言ってたはずだが。

レッスン開始。ウェルナーは引き続き、装飾音の練習。リズムが間違っていたので、やり直し。思い込みで弾いていて、指摘されるまで気づかないこと多し。もう少し丁寧に譜読みすること。

Lee はNo.6。だいたい弾けているつもりだったが、音程の悪いところ数箇所あり、持ち越し。

Fuillard はNo.38 が完了。No.39 の練習曲は曲の表現が悪くもう一度。この曲は、ハイドンのAndante Grazioso のテーマなので、スタッカートも優雅に弾く。行進曲みたいな弾き方はそぐわない。エチュードでも、どのような表現で弾きたいのか考えてから弾くようにしたい。漠然と弾いていては音楽にならないと思う。

Vivaldi のSonata No.3 は、あいかわらず第2楽章まで。2楽章が少し形になってきた。4楽章まで先は長い。

〜日本センチュリー交響楽団員による弦楽四重奏の世界〜2017年06月22日

第4回ファンが創るコンサート、ということで、私が大好きな、ヴァイオリンの松浦奈々さん、チェロの北口大輔さん、ビィオラの丸山奏さんが登場。もう一人のヴァイオリンは、センチュリーの第2ヴァイオリンの高橋宗久さん。高橋さんは背が高くて、目立つ方で、コンサートではいつも気になっていたのだが、これまでソロや室内楽では聴いたことがなかった。

とてもアトフォームな演奏会で、4人がそれぞれ曲の紹介など、短いおしゃべりをしてくれた。2曲目のボロディンの紹介をされたのが高橋さん。「僕が紹介すると、曲がカジュアルになってしまう」とか、「先輩二人から、この曲はファーストやれと圧力かけられまして」とか、剽軽な方で、見かけから想像したいた神経質そうなイメージが、いい意味で崩れた。演奏もしっかりファーストを勤めていたと思う。

三曲目のスメタナ「我が生涯から」は、奈々さんと奏さんから紹介がある。この曲の初演で、ヴィオラを弾いたのがドヴォルザークだったそうだが、奏さんの演奏も素晴らしかった。小さな体だけど、全身で音楽を表現する奏さんの情熱的な演奏にはいつも魅せられる。

アンコールは、このために編曲されたというメドレーで、白鳥ーユーモレスクーシネマパラダイスータイスの瞑想曲ーアイネ・クライネ・ナハトムジーク(間違ってるかもしれない)。順番にメロディパートが入れ替わる、楽しい演奏だった。

開催日:2017年6月22日(木)
開 演:19:00
会 場:芸術文化センター 神戸女学院小ホール
ヴァイオリン:
 松浦奈々(日本センチュリー交響楽団)
 高橋宗久(日本センチュリー交響楽団)
ヴィオラ:
 丸山 奏(日本センチュリー交響楽団)
チェロ:
 北口大輔(日本センチュリー交響楽団)
プログラム
モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク
スメタナ:弦楽四重奏曲第1番
ボロディン:弦楽四重奏曲第2番

パレルモ・マッシモ劇場「トスカ」2017年06月27日

あのアンジェラ・ゲオルギューが来る、しかもトスカというので、躊躇わずチケットを入手した。

ゲオルギューのトスカと言えば、ROHやウィーンが有名だけと、マッシモ劇場ってどうだろう。シチリアにあるオペラハウスで、ゴッドファーザー・パート3の舞台にもなった豪華な劇場で、観客には地元の富裕層が多いらしい。そう思ってみると、このオケ、なかなか雰囲気がある。冒頭から美しいメロディを聞かせてくれる。三幕の"星は光りぬ"の前の、チェロアンサンブルなんか、これだけでも聴きに来る価値があるほど、美しかった。

肝心のゲオルギュー、歌はもちろん文句なし。さらに演技も凄い。トスカは身についてしまったからだろうか、これでもかというほど考え抜かれた演技(少し過剰かも)。スカルピアを殺した後、水を飲もうとして、あの汚らわし男の飲みかけだと気づく様子、スカルピアが書いた通行証を探してテーブルの上を半狂乱で搔き回す演技、ゲオルギューならではだ。大きく胸の開いたドレスも。

カーテンコールにスタンディングオベーション、15分以上続いたようだ。途中で抜けたので終わりはわからない。

日時: 2017/6/25(日)
場所:フェスティバルホール
指揮:ジャンルカ・マルティネンギ
[独奏・独唱]
アンジェラ・ゲオルギュー(S)
マルチェッロ・ジョルダーニ(T)
セバスティアン・カターナ(Br)
[演奏]パレルモ・マッシモ劇場管弦楽団
[合唱]パレルモ・マッシモ劇場合唱団
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