チェロレッスン 65回目2017年04月01日

今日のレッスン、音階、Werner を簡単にすませ、Lee は No.4 Scherzo を見ていただく。Leeのエチュードは、エチュード臭くなくて楽しめるので(今のところ)あまり苦にならないのがいい。Scherzo なので軽やかに、ユーモラスに弾く曲なのだが、わりと出来ていますねとのこと。ただし、この曲で練習して欲しいのは、最後の2行に出てくる8分音符6個(写真)の弾き方だそうだ。前半がスラーで後ろ3個をスピッカートで跳ねる。先生のお手本はいとも簡単に軽やかにお弾きになるのだが、これが私には大変難しい。最後のアップで根元に戻さないと、弓が徐々に先に行ってスピッカートで弾けなくなる。スピッカートは昨年苦労して、ある程度できたのだが、また忘れているので、復習の良い機会だ。

発表会まで一月を切ったVivaldi のRV47は, 漸く、四楽章通して弾けるようになった。まず全体的に、変ロ長調の主音のBをA弦のハーフポジションで取ったとき、高くなりがちとのご指摘。これが高いと音楽が地に着いていなくて、ふわふわ浮いているような感じになるそうだ。本当は、導音のAを少し高めに取ったほうが美しいのだが、開放弦も使うのでそれができないので、Bを少し低めに取りましょうとのこと。

章ごとの注意は、第1楽章 Largo は16分音符を急がないことと、音が切れないようにゆったりと弾くこと。第2楽章 Allegro は音程、とくにポジション移動の前に急いでいるところで狂わないように気を付ける。第3楽章 Largo は超スローで弾くのだが、付点八分音符と16音符が3対1の関係が保たれていない。タタタ,タと頭のなかでカウントしてリズムを掴むこと。第4楽章は、一転、高速Allegro なのだが、速く弾こうとして音楽的でない音が混ざっている。丁寧に弾くこと。

この曲もだいぶ弾けるようになってきたので、ここから仕上げていく過程は楽しいだろうなと想像している。

利己的な遺伝子2017年04月09日



利己的な遺伝子 <増補新装版>、リチャード・ドーキンス (著), 日高 敏隆 (翻訳), 岸 由二 (翻訳), 羽田 節子 (翻訳), 垂水 雄二 (翻訳)

☆☆☆☆☆

仕事でこれまで特に興味を持たなかった遺伝子に多少関わることになりそうなので、少し勉強しようと読んでみた。仕事に役にたつような本では全くなかったのだが、こんな面白い理論をなぜ今まで勉強しなかったのかと後悔するほど衝撃的であった。

遺伝子は複製される単位であり、同じ遺伝子が増殖するように進化する。生物は、遺伝子を保護し、その増殖を行うためにプログラムされたロボットである。すべてはこの原理から始まる。これが「利己的な遺伝子」の意味である。遺伝子が増殖するように進化するというのは、逆説的であり、増殖した遺伝子が淘汰に残ることを視点を変えただけである。

その利己的な遺伝子という原理に基づくと、生物は、ESS (Evolutionarily Stable Strategy、進化的に安定な戦略)を取るように進化することになる。ESSの典型的な例を示す。ハト派は戦わない、タカ派は際限なく戦いを挑むと仮定する。戦うと勝てば報酬は大きいが負けると代償が大きい。戦いは集団全体では必ず不利益になる。ハト派ばかりであれば皆、そこそこハッピーである。ところがハト派ばかりの集団に、タカ派が混入すると戦いを挑めばハト派の相手は逃げるので易々と戦利品を得られる。そして、タカ派は徐々にその数を増やす。タカ派が一定以上の数になると、戦う相手がタカ派である確率が増え、戦いによるロスが増える。戦わずに逃げるハト派が有利になる。そういうわけで、タカ派とハト派の割合の安定的な比率が決まる。ハト派ばかりの集団というのはESSではないのである。だから、生物進化の原理だけに頼るかぎり、平和な世界は実現不可能なのである。

ところで、多くの生物の行動や生態には往々にして利他的と判断されるものがある。人間であれば、人助けであるが、人間に限らず、仲間を助ける行動の例には枚挙にいとまがない。極端な話、子育ても利他的行動である。これは自分の遺伝子の増殖のためと考えれば簡単に説明できる。しかし、仲間の頭からダニを取ってやる鳥や、巨大魚の歯を掃除する小型魚など、様々な利他的行動がある。これらも遺伝子にとっては利己的行動であることが説明できる。その前提は、ゲームがゼロサムゲームではないことと、繰り返されることが解っていることである。ゲームが最終回であることが解っていれば、ダニを取ってもらった鳥は、恩返しをしないほうが得だし、歯を掃除してもらった後でその小魚を食べてしまったほうが得なのだ。しかし、そのゲームが永く(世代を超えて)繰り返されるのであれば、相手をだますことによる自分への不利益が時を経て顕在化するのである。

このような遺伝子の利己性をベースに生物進化を説明する理論は極めて強力なツールであるが、地球上の生物における遺伝子は、自己複製子の一例であり、それがDNAでなくても、自己複製を行う単位であれば、生物進化と同様な現象が生れるはずだ。宇宙のどこかに別の自己複製子をベースにした異種の生命が存在しても不思議ではない。

ところで、今、地球上にも遺伝子ではない自己複製子が誕生したように思われる。それは人間の文化である。ドーキンスはそれに、Meme(ミーム)という名前を付けている。これは文化伝達の単位、あるいは模倣の単位としている。模倣という増殖手段により人間の文化は遺伝的進化より桁違いに速い速度で増殖し、淘汰され進化している。著者も指摘していることだが、この理論の美しいところは、文化的進化で問題にしているのは、ミーム自体の生存であり、単にそれ自体にとって有利であるということで進化することであろう。文化を創造した人は死んでも、文化時代は不滅なのだ。

この本の理論をベースに、人間社会を見直すと、際限なく面白い考察ができる。(ただし、遺伝子の利己性の理論を人間の道徳観の考察に使うことは著者が警鐘を鳴らしていることである)

チェロレッスン 66回目2017年04月15日

発表会前の最後のレッスンになる。

Lee のNo.4は、課題であった最後のスピッカートが、また不合格。跳ね過ぎで、弓が踊っている。もっと根元を使って、数ミリ上がる程度で弾けるように。弓によって跳ねるポイントが違うということで、私の弓で弾いて確かめてくださる。私の弓は、かなり根元よりが良いとのこと。弓といえば、昨日、練習用に CodaBow Diamond GX というカーボン弓をアメリカに発注した。こちらで弾くとスピッカートがどのように変わるか、楽しみである。

発表会に向けて練習してきた Vivaldi RV47 は、伴奏無しで通して弾いたあと幾つか、音程やリズムの悪いところを修正していただき、先生のチェロの伴奏でもう一度。まあ、大丈夫そうですね、ということで、なんとか形にはなった。あとは、来週ピアノとの合わせ練習を行い、2週間後に本番となる。

発表会後に取り組む曲の話になったので、バッハの無伴奏も、Vivaldi の次の曲と並行してやりたいと申し出た。「無伴奏ね、まだ少し早いかな。1番2番は大丈夫だけど、Feuillard で親指ポジション終わっとかないと、3番は無理だし、後ろになるほど難しいですよ」 「いえ、とりあえず1番のプレリュードをだけでもいいので」、ということで、とうとう憧れの無伴奏をみていただくことになった。(しかし、先生、3番のことをお考えとは驚いた。1番と2番だけで、1年はゆうにかかると思うのだけど) 楽譜は、昨年ドイツで購入した、先生ご指定のバーレンライター版と思いきや、プレリュードだけはこちらでやりますと渡されたのが、シャーマー(G. Schirmer) 版。ボーイングがまったく違う。写真の上が、バーレンライター、下がシャーマー。弾き比べるとシャーマー版は、なかなか味わい深い。いずれにしても、漸く、無伴奏を練習できると思うとわくわくする。

Vivaldi Six Sonata のほうは、次はNo3 (RV 43) をやりますということで、楽譜を一日先生にお預けして、フィンガリングの注意点を記載していただくことになった(明日もアンサンブルの練習があるので、その時に返却していだたく)。ということで、今、手元にVivaldi の練習中の楽譜が無い。レッスンの注意事項をおさらいしようと思い、IMLSPの楽譜でさらってみた。こちらの楽譜、いつもの楽譜でハ音記号で書いてあるところが、ヘ音記号になっているところがある。記号が違うだけなのだが、何か、ヘ音記号のほうが音楽が簡単に感じる。習熟度の浅いハ音記号だと読むのに余分な労力を使うために、難しく感じていたのだと実感した。

センチュリー第216回 定期演奏会2017年04月22日

今年度からセンチュリーの定期会員になった。その初回の演奏会だった。ところが、なんともぼけた話なのだが、会場を間違えていずみホールに行ってしまった。6時40分ころにいずみホールに着いて、まだ早いなと思いながらぶらぶらと受付でチケットを見せると、「お客様、会場が違います。ここはいずみホールです。」「あっ、(絶句)、本当だ」。前回、いずみ定期でここに来たので、何も考えずに同じところに来ていた。(あとで調べると、いずみホールは、アマービレフィルハーモニー管弦楽団の公演が行われていた。)

すぐに、タクシーでシンフォニーホールに向かうが、開演には間に合わず、最初の曲は、モニターで鑑賞。2曲目から席に着いた。いやあ、ドイツでドジったときはぎりぎり間に合ったが、さすがに今回は、初めての途中入場を経験してしまった。

せっかくの江崎さんのショパン、ピアノ協奏曲一番の熱演を、そんな、落ち着かない状態で、聞いてしまった。バレンボイムが著書に書いているように、「演奏会である曲を聴いているときに、よく理解できなかった楽句や楽節をもういちど繰り返すこと―いわば読書のときに読みなおすように―はできない。聴き手は、演奏されている音楽的素材を受け止めるには、集中力を―そして意識さえも―いくらか変える必要がある。」 

休憩をはさんで後半のプログラムは、落ち着いて聴くことができた。モーツァルトのバレー曲と交響曲31番。レ・プティ・リアン K.299bは、変化の多い愛くるしい小曲が次々と演奏される。後で解説を見ると21曲もあったようだ。全部演奏されることはあまりなく、貴重な体験であった。交響曲31番、K299bと同時期にパリで作られた交響曲。モーツァルトらしい魅力を引き出す演奏だった。

今日のコンマスは、後藤 龍伸さんだったが、やはり動きが目立つのは松浦奈々さん。時々、松浦さんと後藤さんが笑みを交わすのは、演奏が楽しいのだろう、見ているほうも、充実感を共有できる。


2017年4月21日(金)
ザ・シンフォニーホール
指揮:飯森 範親/ピアノ:江崎 昌子
エロール:歌劇「ザンパ」序曲
ショパン:ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11
モーツァルト:レ・プティ・リアン K.299b
モーツァルト:交響曲 第31番 ニ長調 「パリ」 K.297
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